津軽三味線は、棹の材・皮・バチ・駒・調子笛など、選ぶ道具ひとつで音色も弾きやすさも変わります。ここでは、材料事情や名人から教わった選び方のコツ、天然素材に代わる新素材の実力、そして練習に便利な道具まで、私の体験を交えて紹介します。
Part 1-1. 木が不足している?(紅木と「紋紅木(もんこうき)」)
いつもお世話になっている座間の和楽器屋さん「紅屋」さんから、以前案内のハガキが届きました。見ると、トチ花梨に紋紅木張りの棹ができたそうです。トチ花梨とは、花梨材のなかで木目の美しいものを選んで使ったものらしいです。
なぜこの楽器を作ったのか聞いてみたところ、明確に「材料不足」とは言いませんでしたが、それでも将来的な材料不足を気にされているようでした。
紋紅木は約20年ほど前に紅屋さんが力を入れていた、トチの美しい木材を使った三味線で、かなり固い木です。一時は家元・澤田勝秋も舞台で使っていたのを覚えています。ただ、丸ごと全部紋紅木だと、当時でも150〜200万円はしたと思います。それを今回、棹の表面に張ることで価格を抑え、音の良さと美しさを持たせた楽器だそうです。
トチとはいわゆる木目で、年輪とは違い、光沢を伴った波状の模様です。ギターなどでもこういう木は美しいので好まれます。
Part 1-2. 入門三味線、1万円でできませんか?(木工業界の方へ)
今ある入門用の津軽三味線は、最低価格が5〜6万円です。でも、始めてみようかと思った人が、思い付きで衝動買いできる程度の楽器が必要だと思うのです。子供でも、お小遣いやお年玉で買える程度の金額――その価格は1万円以内だと思います。入門用のエレキギターができて、三味線ができないわけがありません。
本記事をご覧になっている方、特に木工関係の方(楽器業界だと既存業者に遠慮が入るので)、お願いします。機能だけあれば、練習用と割り切って天神の細工は必要ありません。糸巻きは金属ギヤでかまわないし、材質は針葉樹でも、指板だけ固ければ大丈夫。何なら金属やポリカーボネート板張りで結構です。胴の丸みの細工も、単純な直線でいい。人前で演奏することを前提としない、練習用だからです。
弦が張ってあって胴の中が空洞なら、皮でなくても弦楽器の音は出ます。どうせ5〜6万の楽器でもいい音は出ないのだし、音色を言うなら高いものが必要なのが楽器の世界。空洞の具合を調節すれば、サイレント練習楽器になります。ドラムにも、そういうアプローチのセットがありますよね。
まずは興味の裾野を広げること。これがなければ、その上には行きません。入門者がいなければ、楽器が売れるわけがない。「楽器が売れない」とお嘆きの楽器屋さん、ぜひ教室の生の声を聞いてみてください。入門用エレキギターの価格で、単純な直線加工の入門用津軽三味線を作ってください。手になじんで、本物と同じように弾ければOKです。
儲からないかもしれません(でも、安い材料で細工を単純化すれば、意外と儲かると思います)。それでも、将来高い三味線を買う人を増やすために、ぜひご検討いただけませんか。演奏上、最低限なにが必要かなど、教室としてできる限りご協力します。ぜひご相談ください。
Part 2-1. 象牙の変色は修復できるのか?
津軽三味線には象牙がいろいろと使われています。糸巻きやバチの手元、駒の先端など、特に高級品に使われ、音が良いので評価の高い素材です。
この象牙、使っていると年月で変色し、黄色から茶色に変わってしまいます。元の色はアイボリー(まさに象牙の色)で、いくぶん黄色みを帯びた白色のこと。艶を出すように磨いてあるととても美しい色ですが、変色した場合に元に戻す方法はあるのか、ネットでいろいろ調べてみました。
すると、「漂白できる」とするもの、「漂白できない」とするもの、「漂白できるが変質してモロくなる」など、さまざまな解説があることが分かりました。
漂白というと塩素剤を使うのが一般的なイメージですが、最近の情報では過酸化水素水を使うと良いというものがあります。これはピアノの鍵盤の象牙の漂白に使われるばかりか、人間の歯の漂白に歯科でも使われている方法です。いっぺんにもろくボロボロになるのであれば、人間の歯に使えるはずがないので、もしかしたら三味線のバチにも使えるかもしれません。
今度、バチ作りの名人にこのあたりを詳しく聞いて、大丈夫であれば自分のバチで試してみたいと思います。
Part 2-2. 意外と知らない、鼈甲(べっこう)バチの固さの見方・選び方
鼈甲のバチを選ぶとき、鼈甲の材質は一本一本固さが違います。そして固いバチの方が音が良いといわれます。それでは、その固さをどうやって判断すればいいのでしょうか。
できあがったバチですから、まさか歯でかじってみるわけにはいきませんよね。
そこで、意外とみんな知らない方法ですが、バチの先を爪でひっかけて弾くと良いです。数本あるバチをそれぞれ弾いて音を聞き、同じ条件でより高い音がするのが、固いバチです。
これは津軽バチ作りの名人から教わった方法です。バチを選ぶとき、ぜひ参考にしてみてください。
Part 2-3. 新素材の撥(バチ)
ここ数年で鼈甲の価格がとんでもなく値上がりし、おいそれと購入できる値段ではなくなってしまいました。その関係もあり、鼈甲に代わる人工素材の撥が、和楽器関係の各社から発売されています。
日本一の津軽撥作りの名人・高山さんのところも、新たにこうした新製品を発売しています。
私も先日来、高山さんからこのバチのテストをしています。見た目は、鼈甲の黄色いところだけを取り出したような色合いです。
肝心の音色ですが、かなりいい線いっています。……が、人工素材の楽器にありがちな、音の単純さ・単調さがあります。やはり天然素材の持つ音の深みが欲しいところで、そのための秘策を試してほしいとお願いしていました。先日それが出来上がってきて試し弾きをしたところ、確かに数段音が良くなりました。
試作段階のためお話できるのはここまでですが、もう一歩で、完全に鼈甲に代わることのできる撥が完成するかもしれません。
Part 2-4. 犬の皮と合成皮 ―― 国際化の中での課題
先日、教室見学の方が来ました。外国で津軽三味線を習っていたそうで、最近2人目のこういう経験者です。
津軽三味線も国際化してきたのか? まだまだそんな状況ではないと思いますが、外国に先生がいるのは確かです。知っている限りでは、アメリカ・オーストラリア・イギリス。中国や台湾あたりにもいそうですが、確かなことは分かりません。
外国で三味線を買うには、和楽器屋さんがあるわけもないので、日本から送ってもらいます。船便だと1〜2か月かかるそうです。ここで問題は犬の皮です。
やはり犬の皮は、特にヨーロッパあたりでは抵抗がありそうです。象牙も鼈甲も問題がありそうですが、特に津軽三味線は、上等な犬の皮が無いといい音が出ないので困ります。
そこで、いろいろな合成皮が開発されているので、良いのができたと聞くと試しています。最近できたある合成皮を試したときは、ちょうど私ともう一人、実力派の有名演奏家がいたので、自分で弾いた音以外に、客観的に正面からの音色評価もできました。
結論は、私も彼も「ん〜、今までの合成皮とあまり変わらない感じ。もっと張ればいいかもしれないが、合成皮は張っても良くなるとは限らないし、どうだろうか」という評価でした。
将来、外国で三味線は犬の皮がネックになる可能性がある、とはよく言われます。ですが、いまだ犬の皮に匹敵する合成皮は存在せず、代わりとして何とか使えるというレベルにすらない、という印象です。合成の音は一言でいうと「単純・軽い・細い・小さい」、天然皮は「複雑・重い・太い・大きい」音がします。波形はほぼ同じようですが、人の耳は波形に表れない違いを聞き取ります。比較すれば、三味線奏者でなくても、良い音はどちらか分かります。
合成は、布のような均一な工業製品である以上、均一に振動するので、複雑な音にはならないのでしょう。ランダムな表面状態の素材でないとダメなら、少なくともランダムにする加工が必要な気がします。その加工で音色が変わる状況が分かれば、最善の方法が見つかるかもしれませんし、「何をやっても素材自体がダメ」という結論が出るかもしれません。
良い音とは、心に響く音です。「単音でも心地よく響くのはどっちか」という聞き方をすると、比較ならほとんどの人が同じ結論を出します。そういう結果が出ているうちは、まだまだ。「ばらついて好みの問題」という結論が出れば、ようやく同等ということになると思います。津軽三味線の演奏家は音色を究極に探究しているので、そこそこの音色では本番の使用に耐える価値を見いだせないのだと思います。今後、良いものが開発されるといいですね。
Part 3-1. 調子笛いろいろ、でも本番は……
三味線のキー(調子)を決めるとき、普通に使うのが調子笛です。最近は音の高低を視覚的に表示してくれるチューナーや、スマホのアプリもあって便利になりましたね。私もアプリを使っています。
有料で360円。ものすごく簡単な機能のわりに高い……でも「こりゃいいや」と思わずダウンロードして使ってみたら便利で、「これからは調子笛いらないなあ」と気に入っていたのですが。
次の瞬間、舞台で使えないことに気が付いたのです。着物を着て舞台で真面目な顔で演奏中、キーを変える場面で、おもむろに懐からiPhone。画面を見ながらタッチパネル操作……こりゃダメだ。「なんであいつ舞台でメールとかしてんの?」みたいに不謹慎な感じになりますよね。
それで、本番中は今も調子笛です。軽いし、電池もいらないし、壊れにくい。昔から調子を合わせるには、信頼性が一番です。買ったアプリは、お稽古や楽屋などでだけ使っています。
Part 3-2. 小さな音で練習できる「コバ式しのび駒」
練習にとても便利な物なのでご紹介します。津軽三味線は音が大きく、自宅で、特に夜に練習するのは困りますよね。
そこでこれ、コバ式しのび駒です。駒が金属板の上にあって、三味線の皮につかないように浮いている構造になっています。
音は結構小さくなりますし、撥のパチパチ叩く音も樹脂板で軽減してくれます。