「津軽三味線」という言葉は、楽器・ジャンル・表現・演奏家など、実にいろいろな意味で使われます。ここでは、その言葉の整理から始めて、地元・青森での存在のしかた、発祥の地・金木、そして「津軽三味線は芸術か」という問いまで、文化と歴史の視点で考えてみます。
1. 「津軽三味線」という言葉には、たくさんの意味がある
「津軽三味線」という言葉には色々な意味があり、日々使っていてとても歯痒く感じることがあります。ここで一つ、考えつく限りの意味を振り分けてみたいと思います。
- 和楽器としての楽器そのものを表す言葉 … 三味線の構造上の違いを表す。楽器屋さんでの「津軽民謡対応用の三味線」というような意味。
- 音楽ジャンルとしての津軽三味線 … 秋田三味線・南部三味線・民謡三味線・津軽三味線、のような使い方。
- 音楽表現としての津軽三味線 … 津軽らしい音を表現するための演奏方法・テクニック・表現方法など、音楽的な印象としての意味。
- 演奏家を指す … 他の演奏家と混在する場合に、「人」を省略して使うような場合。
さしあたり、こんな種類がありました。結構あいまいな言葉ですね。
そのほか、「津軽」を省略する場合もあります。津軽地方では「三味線」と言えば津軽三味線のことなので、単に「三味線」となる場合があるのです。
たとえば、始祖・仁太坊の有名な言葉「人まねでない三味線を弾け」。この「三味線」とは、演奏表現のことになりますね。
2. 地元での存在 ―― 青森と沖縄、それぞれの事情
津軽三味線と沖縄三線。どちらも民族楽器であり、人気の高い音楽ジャンルを形成しています。北と南ですが、地元での存在のしかたはかなり異なるようです。印象を言葉にしてみました。
- 沖縄:沖縄民謡/三線/踊り/日常/町中みんな/宴会
- 青森:青森民謡/津軽三味線/芸人音楽/愛好者/舞台/観客
つまり三線は、民衆の日常音楽。近所の人が宴会などで集まれば、みんなで歌い踊り、全員参加する一体感のある、みんなで楽しむための音楽のようです。
かたや青森では、青森民謡は芸人さんが舞台で演じてみせる「芸」として存在したようです。したがって、簡単にはまねできないテクニックを披露する方向に発展したのだと思われます。
ですから青森では、町の人がみんな民謡を唄えるわけでも、みんなが津軽手踊りを踊れるわけでも、みんなが津軽三味線を弾けるわけでもありません。テレビや街中で見聞きする機会はあっても、ほとんどの人はあまりよく知らない。やはり、好きな人が歌い・踊り・弾く世界なのです。
よく知らない方は、津軽三味線にこんな印象を持っていないでしょうか。
- 津軽に行けば、町中みんな三味線を持って歩いている
- 津軽に行けば、凄い三味線が聞ける
- 津軽に行けば、どこの家の人でも歌える・踊れる・弾ける
他の地域の人は、津軽三味線とその地元をこんな風に思っても、実は全く違っていたりします。
3. 発祥の地・金木(かなぎ)には何があるのか
津軽三味線全日本金木大会が、青森県五所川原市金木の金木公民館で、二日間にわたり開催されました(第28回)。
ここ金木は、津軽三味線の発祥の地です。津軽三味線の始祖は、仁太坊(にたぼう)と呼ばれた演奏家をルーツとする、というのが定説とされているからです。この研究を通して多くの著作を発表したのが、作家の大條和雄(おおえだ かずお)さんです。
大條さんは、初回から27年間この金木大会でコンクールの審査員長を務めてこられましたが、昨年でその役を辞退されました。
金木大会は、歴史あるコンクールの中では規模が小さいのですが、他のどこよりも意義深いものと感じています。津軽三味線らしい演奏をしようとする全国の演奏家が、「津軽とは何か」「どこの何をイメージして演奏すべきか」を考えれば、その答えやヒントがあるのがこの土地です。津軽三味線の聖地のような場所で、年に一度ここで真剣に演奏することは、「東京三味線を津軽三味線に変える」重要な儀式とも言えるイベントだと思っています。
都会から見れば、何もない田舎町。家と家のすき間の空気、田畑の風、芦野公園の桜、今はなき津島家の栄華、たまに野を走る鉄道――その全てが、演奏家には価値ある風景なのです。風景を絵にすれば絵画となるように、風景を音にするのも、表現のアプローチとして重要な方法だと思います。
それを「何もない」と感じるか、「価値ある風景」と感じるか。感性はそれぞれですが、津軽三味線が誕生した土地が金木であるという史実の持つ価値を、何もなかったところから作り上げたと言えるのが、大條和雄先生です。
先生が審査員長を勇退されたあと、「津軽三味線と金木」の文化の糸を後世につなぐ役割は、誰がどういう形で担うのでしょうか。自分も何かお手伝いしなければいけない気がします。
4. 津軽三味線は芸術か?
これは、「津軽三味線は芸術たりえるのか?」という問いです。
20年ほど前、弘前大学のすぐ前にある大條和雄先生のお宅に数回お邪魔していた頃、先生に津軽三味線の芸術性について尋ねたことがあります。その見解は「今はまだ芸術といえるものではない」というものでした。その時点では、私も同様に思いました。論文を書くために同行した作曲家の菊地慶太氏も、同じ見解でした。
これは、民族の芸能ではあるけれど、芸術としての表現を確立していないのか。それとも体裁を持っていないのか。あるいは芸術としての評価を受けていないのか、評価に値しない部分は何なのか。疑問はたくさんあったものの、当時はそこまで突き詰めてお聞きすることはできませんでした。
それから20年。今はその頃と違うのか。津軽三味線の表現世界はどう変わり、どちらに向かおうとしているのか。それが、芸術性を語る重要なポイントだと思います。
そもそも、芸術性のあるなしを論じる必要はなぜあるのか。それは、音楽表現にかかわる人間として、今までも今後もずっと持っていなければならない問いだと思います。芸術とは美の表現である、という前提に立てば、津軽三味線の持つ美的要素を突き詰めていくことが、今後も進む道です。何を根とし(出発点とし)、どこへ行くか――という重要な方向性になると思うからです。
津軽三味線が世界に広まっていく兆候が見え始めた今、文化的価値を芸術性から語れるような音楽表現にしていくことが必要で、大條先生も将来にそのことを期待していたものと思います。ただ、当時の表現者たちの認識の低さを憂慮していた点も、よく覚えています。これは、後につなぐ私たちの課題です。
現在も、その頃と状況や表現者たちの認識はあまり変わっていないと思われ、そうすると大條先生の認識も、いまだ変わらずといったところでしょうか(あくまで私の推測です)。
そうすると津軽三味線の文化的定義は、「日本の津軽地方の民衆から発祥し、切磋琢磨する競争心により磨かれた、地方的表現を持つ民謡系に属する三味線音楽表現の一形態およびジャンル」――というあたりでしょうか。このあたりの問いは、今後も書いていきたいと思います。
津軽らしい表現と芸術性 ―― 「根」とは何か
今もそうですが、津軽三味線の表現に「洋楽のロック的要素を入れた演奏がカッコいい」という風潮があります。それはジョークとしてなら良いのですが、青森の金木大会のように伝統表現を要求される場面でも、メタルバンドのギターのリフを真似たような演奏が増えました。「それではいけない、津軽三味線の表現とは何かという原点に返れ」との提案がなされ、コンクール演奏曲は「根っこ」である津軽民謡を題材とする、という前提で申告するよう、大会要項が変更されたことがありました。
これは当然のことではありますが、芸術性という観点から考えると、原点回帰だけでは将来の方向性を示しえていないと思うのです。
最近読んだ本に、「根っことは何か」と考えさせられた話があります。美術家・篠田桃紅(しのだ とうこう)さん(1913年生まれ。墨を用いた抽象表現者として世界的に知られ、103歳になっても第一線で制作されていた方)の『一〇三歳になってわかったこと』の一節です。
初めての書展で、そのときの評価は、書道界の人から、才気煥発だけれども、根なし草だと批判されました。戦前は、平安朝の名筆を下地にして書くことが主流だったのですが、私はそれをしませんでした。名筆を写さなかったので、根がない、と嘲笑されました。
それから80年余り経った現在の「根」の認識は――
養分(名筆)をいかに吸収し、形成するかはその人次第です。私は、自分の根がつくり出す、かたちや線を可視のものにして見たい、と思いました。あれから八十年近くが経ちますが、根は、他者にあるのではなく、その人自身の一切だと思っています。
だそうです。芸術とは美の表現であるという認識からのみ出発して、すべてを自分の中の「根」から音楽表現にしていく、型破りな天才がいつか現れ、それこそ「人まねでない三味線を弾け」という言葉へと回帰していくのでしょうか。でも、そうすると「津軽らしいかどうか」は問題ではなくなるのでしょうか。
凡人たる私の感覚ですが、津軽三味線に関しては、いまだに「津軽らしい演奏は良く聞こえ、津軽らしくない演奏はたしかに良く聞こえない」という側面が確かにあります。そこからコンクールなどでは、津軽らしいかどうかが評価の基準として感覚的に判断されています。
これはこれで良いと思いますが、一律にみんなで津軽らしさを目指したり、ロックバンドの真似をしたり――篠田桃紅さんの境地からすると、その意味では、いまだ天才は現れず、津軽三味線はいまだ芸術たり得ていない、という状態ではないでしょうか。
※「人まねでない三味線を弾け」は、始祖・仁太坊による、津軽三味線の魂とされる言葉です。
5. 「奥が深い」とは、どういうことか
津軽三味線は「奥の深い楽器」だといわれます。この「奥が深い」とはどういうことなのでしょうか。これから習う人や経験の少ない方に、いくらかでも分かっていただけるよう解説してみます。
まずは楽器、バチの形です。日本の道具全般に言えることですが、合理的な使いやすさを追求していません。バンドグリップのような構造にすれば持ちやすいはずですし、表面に滑り止め加工もありません。あえてあの形にして、表面加工もなく、使い手に「慣れること」を要求します。バチを持つことだけで、すでにコツが必要なのです。
次にバチと音色の話。使いこなすには研究と試行錯誤の繰り返しが必要で、その目的は音色です。しかし音色には、実は形状よりも材質が大きく影響します。
バチでいうなら象牙と鼈甲。そのほか、象牙の部分にはプラスチック・水牛・紅木ほか木材も使われ、それが固いか柔らかいか、その度合いや性質で音が違います。さらに全体の大きさ、先の幅、厚みやしなり具合、先端の形状によって、すべて条件が変わり、音色が微妙に変化します。
そして、すべての条件を考慮して出した音が「いい音」なのかどうか、これがまた分からないのです。自分で弾いている音がどの程度いい音なのか、まず分かりません。弾いている人が聴いている音と、正面で客観的に聞いている音は違うからです。しかもこの音は、部屋の広さ・材質・屋外かどうかで、すべて違って聞こえます。
さらに奏者の腕です。腕のいい人は、変な楽器でもいい音で鳴らします。そうすると、ますます分からなくなってしまいます。
ここまでで雑多な条件がそれぞれ影響し合っているので、「いい音かどうか」を判断する能力・分析力を身に付けるには、いろんな場所での聞こえ方と、道具の材質・状況を、音色の記憶として一定量蓄積した後でないと、判断できるようにならないのです。
楽器屋さんに頼っても、いい楽器は手に入りますが、その場所で最善の音色を出す演奏方法や、バチや駒の組み合わせ方など、自分でしなければならない条件は多い。良い腕で鳴らすこと自体、もとより難しいわけです。自分でいくら聞いても、いい音が分からないのでは、対策の仕様がありません。
つまり、バチの選び方・使い方・メンテナンス、楽器と周囲のバランス、そして何より奏者の腕を考えると、非常に複雑で――それはそれは「奥が深い」ということになります。
今日はバチ一つでも奥が深く、「音がちっとも分からない」という話だけで終わってしまいました。「分からない音を、どうやって分かるようにしていくか」は、また改めてお話ししたいと思います。