大久保三味線教室 講師
澤田 邦衣(さわだ くにえ)
青森県つがる市出身。幼少期からピアノを始め高校も音楽を専攻。長年西洋音楽の基礎を学ぶ。
大学は日本文学芸術学部音楽学科へ進学。音楽の教員を目指していたが、大学での授業がきっかけとなり自身のルーツでもある「津軽三味線」を習い始め、その世界へのめり込む。津軽三味線澤田流名取 澤田邦衣を襲名。
現在は、姉弟子の澤田邦羽とともにユニット「羽衣」にて津軽三味線奏者として演奏活動を行っている。
受賞歴
所属・活動
資格・免許
Interview
澤田 邦衣 インタビュー
「楽譜通りじゃなくていい。自由に表現できるのが一番の魅力です」
——西洋音楽を経て辿り着いた、津軽三味線の奥深い世界
大久保津軽三味線教室で講師を務める澤田邦衣先生。幼少期からピアノや声楽などの西洋音楽に親しみ、大学での学びをきっかけに自身の故郷・青森の伝統である津軽三味線の道へ進まれました。
20年以上にわたる演奏活動でのストイックな探求心や、洋楽経験者ならではのユニークな視点、そして生徒一人ひとりの目標に寄り添う柔軟な指導スタイルについてお話を伺いました。
ピアノから三味線へ。点と点が繋がり、自身のルーツ「青森」に還る
小学校からピアノを続けられていたとのことですが、そこから津軽三味線を始めたきっかけを教えていただけますか?
もともと小学校からピアノなどの西洋楽器をやっていたのですが、ある時「日本の楽器をやりたい」と思ったんです。何をやろうって考えた時に、自分の故郷の津軽三味線をやりたいと思いました。
きっかけは、大学の民族音楽学の授業でした。「音楽は文化だ」という話のなかで、ピアノについては「いくら上手でもあなたたちの国の楽器じゃないから、どんなに上手い日本人でも、どんなに下手なヨーロッパ人のピアノには負けるんだ」って言われたんです。
例えば、ジャズとかも根付いたリズム感のようなものがあるじゃないですか。そういうのって確かにすごく頑張って身につけることはできるけど、本質的なものが多分違うんだろうなと。当時の自分にはその言葉がなぜかすごく心に引っかかって、自分が根っこから持っている本質的なものは何かと考えた時に、日本の楽器をやろうと思いました。
私は青森出身なので、子供の時からローカルのテレビ番組で“民謡大会”、“三味線大会”、“手踊り大会”の放送が多くて、勝手に耳に入ってきていたのですが、中学生くらいの時に「意外と優勝者って青森の人じゃないんだな」と思ったことがあったんです。
青森県民として、少し淋しい思いもどこかにありましたが、そういうものなんだと思って見ていました。
大学の授業で先ほどの話をされたことで、その過去の記憶と点と点が繋がって。「自分が日本の楽器をやるなら、地元の青森の楽器をやりたい」と思い、津軽三味線を習い始めました。
ピアノ以外にも、何か経験された楽器はありましたか?
高校から音楽専攻だったので、習っていたというよりは授業の中で声楽と、バイオリンとビオラはやりました。
津軽三味線をやるときに、弦楽器の指の動かし方など、少し通ずるものはありました。
津軽三味線を始めようとした時は、独学でやろうと思ったのでしょうか?それとも先生に習おうと?
先生に習おうと思って、三味線教室を探しました。その時はネットがまだ駆け出しの頃だったので、雑誌の「ケイコとマナブ」で探ました。場所も大久保駅で、当時住んでいた場所から比較的近くて行けると思ったので。
その時に「澤田流だから」とか、どこかの流派だからというわけではなくて、単純に距離的に通いやすいというところで選びました。あとおそらくその当時、教室の広告とかを出していたのって、ここ(大久保津軽三味線教室)ぐらいしかなかったと思うんです。
スタートした時点では、「澤田流」などの流派についてはあまり意識されていなかったのですね。
全く知りませんでした。入ってみて「流派があるんだ」っていうことを知った感じですね。
普段の演奏活動について教えていただけますか?
新型コロナの影響で少なくはなりましたが、だいたい邦羽さんと一緒にやることが多くて、「羽衣」というユニットで活動することもあります。
以前、コロッケさんのコンサートには会のみんなで出演しました。NHKホールで長山洋子さんの後ろで女性奏者2人で弾いたことや長山さんのコンサートにも邦羽さんと出たことがあります。
クルーズ船に乗り込んでの演奏というのもありました。これまで3回くらいありました。
少し変わったところで言うと、中国やインドへも邦羽さんと一緒に行きました。中国は日中韓のイベントで、インドでは現地の日本大使館と、インドの小学校、そして日本人学校に行きました。
これまで、自分の演奏でも、人の演奏でも、印象に残る津軽三味線の演奏とかってありますか?
家元はやっぱり身近で聴いて「すごいな」と思います。ザ津軽三味線という感じで、心に響きます。勝邦先生はジャズなどの要素を取り入れていて、そういう弾き方もあるんだなと、自分にない音の使い方が凄く勉強になります。
フォームを根本から大改造。大会出場で見えた景色と俯瞰する力
金木大会(津軽三味線コンテスト)のB級で優勝されていると思うのですが、その時の印象や感想があれば教えていただけますか?
だいぶ前の話になりますが。その時は本当に、優勝を目指していたのと仕事の面でも自分のスケジュールコントロールができる状況だったので、平日も土日もほぼ毎日練習しました。マンションが夜9時まで楽器OKでしたので、平日仕事が終わって家に着くのが8時を過ぎていましたが、9時までは練習しました。
少しずつできるようになってくると、「ここができた」「できない」というのが自分でもすごくわかるようになってくるんです。
本番では、自分の中で「間違った」とか、うまくいかないところがあったのが分かったので、優勝は無理かな?と思っていました。結果をいただいた時はびっくりしました。後になってジワジワと嬉しさがこみ上げてきました。
様々な大会や舞台を経験される中で、ご自身の演奏について特に印象に残っている気づきなどはありますか?
何度も大会に出て慣れてくるのですがそれでもやっぱり緊張はするので緊張しないように、緊張コントロールをしていました。
大会でテンポが早くなってしまったら曲の途中で少しゆっくりするとか、失敗してもカバーする事も少しずつできるようになりました。簡単に言うと「走る」ということが抑えられるようになったんです。大会でいい結果が出た時は、そういうコントロールができた時という印象です。
場慣れと、どれだけ弾き込むかがどれだけ重要か気づきました。
金木大会以外にも、他の大会に参加されていたのでしょうか?
当時、だいたいゴールデンウィークは青森大会と金木大会とセットで出ていたので、体力があれば青森大会、弘前大会、金木大会と出ていました。青森でもその時に準優勝ができたんです。その時はすごく調子が良かったと思います。青森以外では神戸、名古屋、日比谷、大阪などの大会に参加して経験を積みました。
好きな津軽三味線の演奏者はいらっしゃいますか?澤田流以外で、影響を受けた方や惹かれる演奏をする方などがいましたら教えてください。
澤田流以外でしたら青森の方で、葛西頼之さんの演奏は「いいな」って単純に思います。グルーヴ感というか、丁寧な「津軽っぽい」懐かしい感じがして、青森を思い出すからです。
楽譜通りの世界から解放されて。津軽三味線ならではの「自由さ」を楽しむ
津軽三味線を始めてからもう何年ぐらい経ちますか?
20年以上経ちます。
ずっと続けてこられたモチベーションは何だったのでしょうか?
「青森の大会で優勝したい」という目標があったからずっと練習してこられたんだと思います。色々な大会を、教室の仲間と一緒に目指していたのもモチベーションだったと思います。
入賞する前は、同じ講師の稲葉さんたちと葛西臨海公園に行って、外で何人かで演奏してみたりもしました。外で弾いたら音が大きく出せるようになるんじゃないか、と色々考えた末の葛西臨海公園でした(笑)。「大会出ようよ」みたいな感じでみんなで練習して、「さっきの演奏はこうだったから、こうした方がいいよ」とアドバイスし合ったりと。普通の仲間同士のそういう繋がりも大きかったと思います。
上達するコツや、ご自身の中でブレイクスルーになった練習方法はありましたか?
練習の仕方は結構工夫していたと思います。この人の演奏がいいなと思ったら、それをスロー再生して、鏡を見ながら同じ形になるよう、まず真似から入りました。
バチの持ち方や打ち方も、1年ぐらいかけて一度リセットしました。先生や上手な方の演奏の動画を見て同じように弾いてみる。結局1年ぐらいかけて叩き方や姿勢などを全部変えて、ようやく身につくようになりました。たぶんそこが一つ、ポイントだったかなと思います。
フォームを根本から見直して身についた時、以前よりもすごく上達している実感があったんですね。
ありました。大会で入賞するようになってきて、「あぁ、以前はたぶんちゃんと叩けていなかったんだな」ということが分かりました。
もともと西洋音楽をバックボーンにお持ちだと思うのですが、その視点から見た津軽三味線の面白さはどんなところでしょうか?
ずっとクラシックをやっていたので、基本的には「楽譜があって、楽譜通りに弾かなきゃいけない」。実はそれが苦手だったんです。
三味線は自由に弾けるので、そこが一番好きです。フレーズはある程度決まっているのですが、「この範囲内であれば、あとはアドリブで」というのが良くて、動機が少し不純なんですけど(笑)、失敗しても失敗じゃないというか、それがいいんです。
これまで「全部楽譜通りに、1個間違ったら減点」という世界でやってきて、私にはピアノは無理だなと。でも三味線にはそういうのがなく、逆に「自由に弾かなきゃいけない」。それが難しさでもあるのですが、上手くアドリブでごまかす事もできるというか、自由だからこそ「これが私の三味線のスタイルです!」って押し切っちゃえるんです。
楽譜として「かっちり決まっていない(正解が一つではない)」のが魅力なんですね。
確かにちょっと不純で申し訳ないんですけど(笑)、そこが楽しいところです。
明らかに間違った音だとさすがにばれちゃうんですけど、三味線は弦楽器特有の「すり(音をスライドさせる技法)」でうまく持っていけちゃうんです。弦楽器だからいけるんですよね。ピアノは「トーン」と音が出ちゃった瞬間、もうごまかしがきかないですから(笑)。
初心者から名取まで。それぞれの目標に寄り添う大久保教室
先生がお稽古を担当されている曜日はいつでしょうか?
木曜日と土曜日です。
生徒さんの男女比や年齢層はどのような感じでしょうか?
男性も女性もいらっしゃって、年齢も30代から50代くらいまでと幅広いです。
長く続けられている生徒さんもいらっしゃるのですか?
います。今はだいたい皆さん10年単位で、中には20年単位で続けられている方もいらっしゃいます。
大久保教室の発表会に出演される生徒さんもいらっしゃいますか?
はい、出ている方もいらっしゃいます。人前て弾いてみたい方、人前での演奏は恥ずかしい方、まだ自信がなくて遠慮される方など、様々な方がいらっしゃるので、皆さんにお声がけして、希望をきいて対応しています。
教え方の方針などがありましたら教えていただけますか?
最初はCDに入っている基本曲の順にやります。続けているうちに、「その人がどこを目指したいのか」というのは、直接聞いたり、なんとなく感じたりもので、それに合わせて進めています。
生徒さんとのコミュニケーションの中で、目指す方向によって取り組む内容を変えたりしているのでしょうか?
「この曲一つを極めたい」という方も意外と多いんです。なので、そういう人は次々と新しい曲には行かずに、その方が納得するまでどうしたいかを聞きながらやっています。
逆に「大会に出てみたい」という方には、「自分の曲を作りなさい」じゃないですけど、そういう方向へ向かうようにしています。
普段はどのような生徒さんが通われているのでしょうか?
平日はだいたい、会社帰りに寄られる、この辺りにお勤めの方が多い印象です。ここから近くの勤務先から歩いて来られたりとか。
土曜日だと、韓国系アメリカ人の方が鎌倉から通っていらっしゃいます。習い始めた時は「カリフォ〜ニアから来ました」って仰っていましたが、今はだいぶ日本語も上手になって(笑)。長く続けられて、最終的には名取(なとり)さんになられました。私のお弟子さんの中で、名取第1号なんです。
最後に、これから津軽三味線を始めてみたい、大久保教室に行ってみたいと考えている方へメッセージをお願いします。
楽器の貸し出しもありますし、先生も優しいですし、あとから、あれこれ発生するお金もかからない教室なので、一度やってみたい方は気軽にいらして体験していただくと良いと思います。発表会や忘年会などで知り合った教室の仲間と色々なところで演奏する人もいます。楽しいですよ!
津軽三味線を始めてみませんか?
まずは体験レッスンで、教室の雰囲気をお確かめください。無理な勧誘は一切ありません。
※無理な入会勧誘や楽器の販売などは一切ございません。